「観客」の解釈

いろいろなレースに行き、いろいろなことがあり、いろいろと考えさせられるここ数ヶ月。

 

レース写真を撮りに来られている方に、「大変ですね」と言われると、大変ではないよなぁと少し考えさせられたりする。

別に、好きで行っているわけだし。まぁ、お金がかかったり時間が必要だったりすることは、時々大変で、他のことをめちゃくちゃ頑張らないとどうにもならない時もある。

けど、やっぱり後輩であったり同期であったりが頑張っているのを見ると、自分のやろうとしていることが間違っていないって確認できたり、ただ単純に頑張る気力が湧いてきたりする。

それだけでレースに行く価値はあるのだと思う。

レースに対して考える価値っていうのは人それぞれだし、それでいいと思う。

 

マーケティングをする際、誰にベクトルを向けて策を打ち出すかっていうのはとても大切なことだと思うけれど、スポーツというのは、その策がたくさん生まれてくるから面白い。

 

スポーツ選手に向けて、観客に向けて、オーガナイザーに向けて。

観客にもいろいろある。

その競技自体が好きな人、その場所が好きな人、その選手が好きな人、そのチームが好きな人etc...

レースという場を誰かとの再会に場にしているひとは少なくないと思う。

レースに行けば友人がいるから、馴染みの顔がいるから。

 

自分自身はどちらかというとそういう気質があると思う。

もちろん、後輩たちの成長を見るのも一つの目的ではあるけれど、運営してる役員の皆さんやOBOGのみなさん、親御さんやメーカーの人まで。

レースに行かなければお会いできない人もいるのだから、そういう活用の仕方もありだと思う。

スポーツが根付いている国において、レースというのはそういう場である傾向が強い気がする。

 

この日はレースがあるし、うちの庭でレース見ながらバーベキューしてビールでも飲もうぜみたいな。

道中観客がいるだけでレースは華やかになる。

たとえ、その人たちが特定のチームや選手を応援してなくとも、レースを盛り上げる一員になることができるのだから。

だから、別に好きな選手やチームはなくともレースに来ればいい。

そういうった人たちに対してもっとオープンであるべきだし、自分自身もそうありたい。

 

そういう意味では、競輪場というのはなかなかハードルが高いのかも。

フェンスや雰囲気、競技場の形状など。

 

狭い世界だから、選手と知り合いになる機会も多い。

だからこそ、観ててハラハラするし、喜びもひとしおだ。

だけど、あくまでも選手はレースの日は選手なのであって、友人ではない。

レースが終われば友達に戻れるかもしれないけれど、競技の間は間違いなく一人のアスリートなのである。

 

ここの線引きが、自分自身甘いところがあって、色々と考えさせられる言葉をもらった。

「本当に応援しているなら、その人の目に入らないところで努力する方がいいのかもね。」

楽しむのではなく、それを生業とするならば、黒子に徹するのもひとつ。

たとえ、競技が大好きで、大好きな選手を応援したくとも、現状何が必要で何が不必要なのかを常に冷静に見定めてソリューションを生み出すことに徹し試行錯誤したら、結果として現場の人たちに役立つことができるかもしれない。

 

難しいけれど、何か一つ壁を壊さないと、そこには至れないのかも。

楽しいだけなら別のところでもいいのだから。

 

 

なんつって。